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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)277号 判決

主文

本件各再上告を棄却する。

理由

本件訴訟の原記録は、すべて滅失して現存していない。本件について再上告が申立てられ、當裁判所が訴訟記録の送付を受け書記課でこれを保管中、全記録は何者かに盗取されて滅失してしまった。(本件被告人小椋は、この窃盗事件の被告人として起訴され、現に東京地方裁判所で審理中である)現在、當裁判所に存する記録の重なるものは、辯護人の謄寫にかゝる公判請求書並びに第一審判決書の寫、第二審判決書の認證謄本及び上告審判決書の原本と、再上告に關する辯護人提出の再上告趣意書の副本である。しかしながら、本件は、東京高等裁判所が上告審としてした判決に對し、舊刑訴應急措置法第一七條によって右判決が憲法に適合しないものとして當裁判所に更に上告をしたいわゆる再上告事件である。すなはち、本件の公訴事実については、事実審たる第一審第二審裁判所の各審判を經て、法律審として東京高等裁判所の審判がなされ、その判決が言渡されて同條第二項により判決の確定した事件である。されば、本件については、憲法適否の問題を除いたその他の事実上及び法律上の問題のすべては、東京高等裁判所の言渡した判決の既判力によって確定しているのである。從って、訴訟要件はそのすべてが具備されているものと認めなければならない。そして、當裁判所に對する再上告の提起は適式であったのであるから、以下、各辯護人の再上告趣意について次の通り判斷する。

被告人小椋貞正辯護人岡井藤志郎、同今泉源吉、同須々木平次の再上告趣意第二點、第三點、同被告人辯護人岡井藤志郎、同今泉源吉の再上告趣意第二點、第三點、第四點、同被告人辯護人鈴木喜三郎、同須々木平次の再上告趣意第一點、同被告人辯護人樋口俊美の再上告趣意第一點、第二點、同被告人辯護人福永福雄、同村川保藏の再上告趣意について。

日本国憲法は、その補則において別段の定めを設けていないのであるから、憲法に掲げられた所論の條規は、憲法施行の日からその効力を生じ、その當時裁判所に繋屬しているすべての訴訟事件に適用せらるべきことは當然である。それゆえ、日本国憲法の施行前に終結した辯論に基いて憲法施行後に言渡された第二審判決に對して原裁判所に上告された本件について、原上告裁判所が憲法の所論條規の適用がないものと判斷したことは失當である。よって、第二審裁判所がその判決において被告人等の供述を證據としたことが憲法第三八條第二、三項に違反するかどうかを次に検討してみる。さて、第二審判決が被告人小椋貞正の犯罪事実を認定するために引用した證據は、冒頭の論旨の説明において示した通りであって、被告人小椋貞正に對する檢事の聽取書以外は、すべて第一審又は第二審裁判所の公判廷における被告人等又は證人の供述と書證とである。これらの公判廷における被告人等の供述は、反對の確證のない限り強制、拷問若しくは脅迫による自白でないものと推認するを相當とする。そして、被告人小椋貞正に對する檢事の聽取書の供述も第二審判決が摘録するところによれば、同判決擧示の被告人小椋貞正の第一審公判廷の供述とその内容に精粗の差はあるが、犯行を認めている趣旨は同一であって、この聽取書についても強制等による自白とは認められない。次に、被告人等の供述が不當に長く拘禁された後の自白であるかどうかの點は、辯護人等の上告趣意書記載の事実に基いて判斷すれば次の通りである。被告人小椋貞正の拘禁は、辯護人樋口俊美の上告趣意書によれば、昭和二一年二月二日谷村警察署に引致されてから同年八月二四日保釋されるまで六ケ月二二日間であり、同年五月三日同被告人が檢事に自白した日までは三ケ月一日、同年七月二六日同被告人が第一審公判廷で自白した日までは五ケ月二四日である。そして、辯護人鈴木喜三郎、同須々木平次の原審に對する上告趣意書によれば、被告人小椋貞正のみならず本件のすべての被告人等は警察署、檢事廷、裁判所における取調を通じ第一審判決言渡までは自白していたというのである。また、本件事案が複雑であったことは、第二審判決に記載された犯罪事実の内容並びに辯護人等の原審及び當審に對する各上告趣意書の内容、前記上告趣意書から判明する第二審で十回に亘り公判を開廷したこと等から推測することができる。これらの事情から判斷すると、第二審判決が證據とした被告人小椋貞正の自白と被告人の拘禁との間には因果關係のなかったことが明らかと認められるから、右の自白は不當に長く拘禁された後の自白に當らないものと言うべきである。(昭和二二年(れ)第二七一號同二三年六月二三日大法廷判決參照)さらに、第二審判決は前記のように小椋貞正の供述のほか、補強證據と認められる他の證據をも引用しているのであるから、被告人小椋貞正の自白を唯一の證據としたものでもない。されば、第二審判決は憲法第三八條第二、三項に違反したものではないから、同條項に違反すると主張する論旨を排斥した原上告裁判所の判斷は結局において正當であって、再上告の本論旨は採用することができない。(その他の判決理由は省略する。)

よって舊刑訴法第四四六條に從い主文の通り判決する。

以上は、(中略)裁判官全員の一致した意見である。(後略)

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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